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オーストラリアで学ぶ英会話

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海外行きへの想い


ここでは私と英語の関係について述べていきたいと思います。
私が海外に行って本気で英語を習得したいと思ったのは高校2年生の時です。
自分の場合には英語をしっかり学んだ後に、人生が開けてくるという非常に強い直感がありました。
それ以来どうやって海外に行くかしか考えていませんでした。


勿論、両親には大学の進学は海外でと頼みましたが完全に反対されました。
うちの両親の考えは、とにかくどこでもいいから大学へ行って、
その後は安定した会社に入って、そこで生涯を勤め切るというものでした。


疑念


そういった反対にあい、結局私は東京のある大学へ行くことになりました。
しかしそこでの学生生活に大きな疑問を持ったのです。
「自分はこんなに英語がやりたいのに、本気で挑戦することさえ許されない、どうしてだろう。」
「自分はこんなところで、こんなことをしていて良いのだろうか?」


病気との闘い


そういったことがきっかけで体調を崩し、極度の対人恐怖症を患いました。
怖くて怖くて、人の話をまともに聞くことさえできませんでした。
毎日家に帰ってくると、体中が切られたように痛みます。
そこに追い討ちをかけるように、2週間おきの喘息の発作始まりました。
発作は一度始まると短くて2、3日、長くて一週間は治りませんでした。
東京では一人暮らしでいしたので、一人でそれに耐えなくてはなりませんでした。




全てを失くした日々


結局大学も中退せざるおえなくなりました。
カウンセリング、ヨガ、マッサージ、整骨、音楽療法、鍼とありとあらゆる
治療をしましたが、全く効を奏さず状況はひどくなるばかりでした。
いくらお金をかけても、時間をかけても一向に良くなる兆しが見えませんでした。
その後仕事もしたのですが、社内でのひどいいじめを受けたり、恐怖症も更に悪化したりで、
結局仕事さえも満足にこなすことはできませんでした。

そして最後に、当時3年間付き合っていた恋人も私の元を去っていき、大卒という学歴も、
健康も希望も全て失って、やむなく帰郷することになったのです。


'Ray Of Light' 「一条の光」


そんな全てを失った絶望的な私にも、一つだけ心に残った思いがありました。
それは英語に対する熱意だったのです。
そんな過酷な状況を経ても、その熱意だけは冷めることはなかったのです。
私にとってそれは'Ray Of Light' 「一条の光」でした。

そのころ私はリウマチ治療の名医である、篠原佳年先生の「快癒力」という本に出会いました。
その本には、「病気を治すためには、病気のことは一切忘れて、
自分の本当にやってみたいことを本気でやりなさい、それが一番の良薬である」とありました。
そして私はその'Ray Of Light' 「一条の光」に全てを賭けてみることにしたのです。




自分自身を取り戻す


それ以来、とにかく何ができなくても、英語だけは本気でやっていこうと心に決めたのです。
まだ体調も不十分な中、漢方薬の助けを借りながら、何とか伯父のところで昼は仕事をさせてもらいながら、
夜は英語の勉強という日々を始めました。
稼いだお金は全て、海外行きのための貯金に充てました。

最初の頃は慣れない仕事と、体調も思わしくなかったため四苦八苦していましたが、
故郷に帰り英語への想いも具体化し、徐々に本来の自分を取り戻していったのです。

そして2年の月日が流れ体調もかなり回復し、貯金もできたところで、オーストラリアへと旅立ったのです。



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